脱。安定。目指せ自由

看護師も自由目指していいですか?

今回はブログを始めたきっかけについてお伝えしてみようと思います。

前置き長めだから、こころしてちょ。

私は普段は病院勤務の看護師です。看護師になろうと思ったきっかけは姉の影響が一番です。9歳離れている姉は目標的存在でもありました。年が離れている分、遠い存在でもあって、一緒に遊ぶとか何かした記憶はほぼありません。私が小1のとき、姉は高1でしたのでそもそもが釣り合わないという感じでした。

選択の基準

先ほど、姉は私にとって目標的存在って言いましたが、何か選ぶときの私の基準は姉がしてきたことであって、例えば中学での部活、高校の進学先、将来の選択は姉の受け売りです。判断材料が姉の真似でしか得られなかったんですよね。というわけで、看護師という選択も、「真似た」ってことです。きょうだい3人で間に兄もいますが、これまた私とは7歳離れているので、再び遠い存在です。

末っ子離れ小島

姉と兄は頭もよくて、たぶん成績よかったと思います。入った高校での予想ですけど。いわゆるできる子だったわけです。3番目のわたくしとしてはプレッシャーとか、自分自身の勝手なプライドとかが騒ぐわけですよ。教育熱心さとは、かけ離れた父と母でしたが、上2人の存在によってデキる自分でなくちゃいけなかったわけですね。埋まらない年の差に、どんどん置いてきぼり感が募る10代でした。

自由すぎる家族

割と放任家庭だった我が家。気づいたら出稼ぎ行ってて家にいなかった父親。いつの間にか肺炎?になって入院していた祖母、看護学校の実習期間になって急に寮に入ることになった姉、進学先が県外になって家を出た兄、と思ったらいつの間にか卒業して実家に戻ってきた&急に一人暮らしするからと、翌日からいなくなる兄。いつだって何の説明も伝言されてきません。知らない出来事が結構起こる日常生活でした。

認められたい感

デキるきょうだいと、自由な(勝手な?)家族の中ですくすく育ち、自尊心もうまく育たないまま、自立心ははよーから目覚めることになってしまうわたくしでした。姉が看護師になったことをきっかけに「こんなあたしでも人の役に立てる仕事」というコンセプトのもと、進路先が固定化されていくのでした。

ブログきっかけまではまだ道のり長いかも。次回は看護学校入ってから看護師なるまで、看護師なってからその後と続きます。

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